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「東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く」藤木TDC [本]

「東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く」

著者:藤木TDC
発行:実業之日本社

藤木TDC(ふじきてぃーでぃーしー)氏の作品
1962年生まれ。
ライター。
雑誌、ムックなどに連載、寄稿。
著書に『ニッポンAV最尖端 欲望が生むクールジャパン』(文春文庫)、構成担当『日活不良監督伝 だんびら一代 藤浦敦』(藤浦敦著・洋泉社)。
無料WEBコミックサイト「リイドカフェ」にて「辺境酒場ぶらり飲み」原作担当(作画・和泉晴紀)

本書は、1950年代の地図を引用しながら、太平洋戦争終戦後の東京都内、近郊都市に形成されたヤミ市の跡をたどり、現代に至るまでに、どのように維持され、または変容し、消滅したかが解説された書き物である。

本書での「ヤミ市」とは1945年(昭和20年)から1947年(昭和22年)頃にかけて、全国各所に生じた自由マーケット、青空市場を指すという。
戦後のヤミ市は、個人所有の物品、地方の農家・漁師と直接取引した食料、軍部官公庁などの隠退蔵物資の放出、占領軍物資の横流しなど、多様なルートで仕入れ、集約されたものが、駅前の建物疎開地や、焼夷弾空襲で生じた焼跡などで開かれたものが発祥だそうである。
当初は青空市場だったものが、露天商が管理者となり、バラック様の仮設店舗を作り拡大していったという。
1945年後半になると、都内の露天商組織は行政や警察の指導のもと青空市場を店舗化し、池袋をはじめ新橋、渋谷、上野などに「マーケット」が完成していったそうだ。
1947年以降、生産流通の回復や生活物資の統制解除により「ヤミ」の時代は終わりを迎え、1949年にはGHQの指示により都行政から露天撤去方針が発表され、都内の露店が整理対象となったため、露店業者は移転地を探したり、都に斡旋された換地に移転して新店舗を開業したという。
本書では、ヤミ市跡、マーケット跡、換地跡、換地に出来た飲食店街(いわゆる「飲み屋横丁」)や、現役で稼働営業しているマーケットの、個別の歴史的背景と現在に至る過程が紹介されている。
掲載されているのは上野・浅草・谷中・銀座三原橋・池袋東口・池袋西口・新宿・渋谷・荻窪・三軒茶屋・大井町・蒲田・大森・横浜・船橋市などで、1950年代の「火災保険特殊地図」にヤミ市の跡と現代の建物名とを記し、当時と現代の写真で比較できるようになっている。


東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く

東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く

  • 作者: 藤木TDC
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2016/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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